賞金も辞退するつもりならさすがだと思うがアルバムを聞こうとは思わない

ボブ・ディラン氏は栄えあるノーベル賞の授賞式に不参加の意向らしいので、またかよと思いましたが、反骨の彼らしいし、もう老人だし、ほっとけばいいと思いました。
授賞式に参加しないということは賞金もいらないってことなのでしょうか。いくら何でも賞金だけは振り込んでもらえませんかとは言えないと思いますが。
もし賞金まで辞退するのなら、さすが骨のある人物だと再評価したくなるから不思議です。
しかしそのことで単なる傲慢な老人だと思っていた彼のことを見直したとしても、彼のアルバムを聞きたい気持ちになれないのは、私も彼をシンガーというより作詞家・詩人としか見ていないことに他ならないからで、その意味で選考委員が彼に作曲賞ではなく文学賞を送ろうと思った感覚とどこか共通する部分があるのを感じました。
すなわちボブ・ディランを理解したいなら曲を聞くより詩を読めということなんだと思うし、洋楽好きなのに歌詞の意味もわからずにただ曲をイヤホンで聞いてるような者にとって、彼の作品は全く理解に苦しむばかりで曲より詩で勝負するというジャンルの違う存在だということだけが確かに思えるのでした。ミュゼ 100円 キャンペーン